3週間に渡る個展「MVP(MOST VALUABLE PRAYERS)」が終わった。
この個展について、個人的に書き綴っておきたいことをここに記したい。
2016年の金沢世界工芸トリエンナーレでの受賞を受けて、日本橋髙島屋のバイヤーの方から個展の打診があったのは昨年の秋頃だったように思う。
その時、「ぜひスポーツシリーズのみで展開していただきたい」と向こうからの要望だった。
飽きやすいたちなので、これまで作風を固定しないことが作風という気分で色々な物を節操なく作ってきた。過去に2回開催した個展でも、これまでの仕事をオムニバス的に展示し、個展なのに複数の作家によるグループ展のように見せるのが好きだった。それは、人形という、定義が難しく奥深い世界を単一のシリーズで語り尽くすことの困難さも理由の一つだった。しかし今回は最初から、「ぜひスポーツシリーズのみで」という提案を受け、それはそれで面白そうだなと自分のタイミングともフィットして素直に取り組めたことが結果的によかったなと思う。
近頃は、フィット感というか、自分の人生とのイコール感が自分の作品や活動にはとても重要ではないかと考えるようになった。個人的な心の中の衝動と、それよりももっと大きな何か人間が伺い知ることのできない流れ。その双方のタイミングがピタッとフィットした際にとても充実感のある作品が作れている。そして、そのタイミングがフィットしたかどうかは全て、時間が経って結果的にわかるようだ。
このところインタビューを受けるにつけ、「江戸時代の腕のいい人形師が、ひょんなことから現代にタイムスリップしてきたら一体なにをつくるか?」という設定を自分に課していると答えている。今回の個展が日本橋で開催されたことも個人的には少し因縁めいていて気に入っている。日本橋人形町界隈はその名の通り、江戸時代に人形芝居小屋が立ち並び、それに付随する人形を作る人、修理する人、人形遣いなどが大勢住む人形の町だった。ある種の人形の歴史的な聖地で200年以上の時間を超えて人形の展覧会を開催できたのは、その大きな流れに自分がフィットできたからなのだろう。つまりは、江戸期の人形師が現代にやってきて、それでもなお腕試しの場所に地元日本橋を選んだという筋書きだ(街が自分を選んだとは言い過ぎだろうな)。結果は、手応えありだった。数百年の時を超えて今尚この国にはヒトガタを大切にするマインドが生きている。そして、人形はやはり「祈る者=PRAYER」なのだと、そう実感した個展だった。
我々は、人形という小さな命に関心を寄せ、愛でる民族。そして、人形師という人生を選んだことは日本人とは何か、ひいては人間とは何かと問い続ける人生なのだと確信を得た。ようやく人形を作るための初めの心構えを持つことができたとも言える。これからは、ますます人形のために限りある時間を使っていきたいと思うが、ひとまず、制作で散らかり放題になった仕事場の掃除が急務だ。
最後に、この展覧会にお越し下さった方、日本橋髙島屋スタッフ、中村人形のスタッフ、そして、インスピレーションの源である家族に感謝の意を表したい。また、次のゲームでお会いしましょう。有り難うございました。